こばやし歯科医院 明美先生ブログ

小林明美が生まれ育った家庭のこと、その家庭を守り苦労した母の生き様を”我家の軌跡(奇跡)として随筆中。

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我が家の軌跡(奇跡)【36】

この家は、T 字路の角地で、道路の反対側が小学校のグランド、正面が淵野辺キャンプ。
ご近所さんは、二軒だけで庭の向こう側。
妹の奇声、押し入れを叩く音も迷惑にならない距離で一安心だが、あまりにも郊外で、買い物が、大変。

高校は淵野辺の駅まで20分位歩いて行き、そこからスクールバスだった。
母は買い出しにバスで相模原駅まで行き、駅前のスーパーから両手に一杯の荷物を持って帰って来た。

母は新潟で運転免許を取ったが、免許証が届くと同時くらいに相模原に越したので、以来ペーパードライバーになってしまった。
新潟に比べ、相模原の交通量の多さに断念したそうだ。
ただ一人の健康な大人が交通事故にでも遇ったら一家は途方に暮れてしまうので、返って良かったのかもしれない。

何処に行くのも歩き、バス、電車。
安い靴しか買えなかったあの頃は、何時も足が痛くて、出掛けて帰って来るのに、電車やバスの時間待ち
で夜遅くなり、無駄な時間を過ごし、うんざりしていた。
今の子供達は、子供に限らず大人もだが、直ぐ車で送ってとか、迎えに来てと、当たり前のように言う。
恵まれ過ぎだ。

【つづく】

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