こばやし歯科医院 明美先生ブログ

小林明美が生まれ育った家庭のこと、その家庭を守り苦労した母の生き様を”我家の軌跡(奇跡)として随筆中。

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我が家の軌跡(奇跡)【28】

学校は休校。
そのまま早目の夏休みに突入してしまった。

この年だけ夏休みの宿題はなかったんだよと、つい最近小学校からの親友に聞いて分かった。
そんな事だからどのように長い夏休みを過ごしたのかよく覚えていない。
ただ覚えているのは、浸水した水が引き電気は回復したが、水道、ガスは中々復旧せず、しばらくの間は給水車が来ると並んだ事。

女所帯、小学生の明美と母では何ほどの水も汲めず、下宿していた男の人にも手伝ってもらった。
何時だったかはっきり覚えていないが、銭湯にいち早く水道が引かれ、何ヵ月振りかに母とゆっくり湯船に浸かれた時、母は喜んで垢擦りをし過ぎ、皮膚が赤くタダレ、ヒリヒリすると痛がっていたのを思い出す。

確か、ガスが復旧し元の生活に戻れたのは年が明けてからだったと思う。
水が引いた後の座敷は泥土で畳が持ち上がり、使い物にならない状態。土台も押し流されていた。
写真がないのが残念。

父の道楽だった庭の池も流され、立派な錦鯉や、真鯉が居なくなってた。

家は傾いてしまったので、建て直す事になった。
建て直しを機に、総二階にして、貸し部屋を本格的に作り、入居者を増やして生活の足しにした。

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【つづく】

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