こばやし歯科医院 明美先生ブログ

小林明美が生まれ育った家庭のこと、その家庭を守り苦労した母の生き様を”我家の軌跡(奇跡)として随筆中。

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我が家の軌跡(奇跡)【24】

昭和39年6月16日(小5の時)地球最後の日かと思ったのが新潟地震。

お昼休みが終わる頃、次の授業が体育なので短パンに片足を突っ込んだ途端、いきなり腰を取られた。
ドーンと立てに揺れ、続いてガタガタと気が狂ったように横揺れが来た。

明美は急いで短パンを履き終え、二階の教室から飛び出た。
家庭科の先生の「早く校庭に出なさい」と血相を変えて怒鳴る声で、ガタガタ揺れ動き、壁土が落ちて来る中、その壁にぶつかりながら階段を降り、仲間の生徒と校庭に集まった。

6月だというのにその日の校庭は晴天の太陽が容赦なく照りつけ暑かった。
明美はふと自分がジャンパースカートの中に短パンを履いていることに気が付き、ジャンパースカートを脱いで、何人かで被り、照りつける太陽から暑さを凌いだ。

そうしてる内に、先生から、家族が迎えに来た子は帰って良いと言われた。
えー、迎えが来ない子は?

【つづく】 明美の運命は?

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