こばやし歯科医院 明美先生ブログ

小林明美が生まれ育った家庭のこと、その家庭を守り苦労した母の生き様を”我家の軌跡(奇跡)として随筆中。

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我が家の軌跡(奇跡)【18】

妹は機嫌が良いと、何かに寄りかかりお尻でリズムをとるようにドンドンぶつけ、音を楽しんでいるようだ。

母が父の治療と称して一日に一回、膀胱洗浄と摘便、身体の清拭を行う。
その時はテレビのある父の部屋兼、リビングに入れず、終わるまで自分の部屋とかほかの部屋で遊んでいた。

明美の部屋はドアが庭に面して付いていて、リビングを通らなくても、玄関や台所に庭づたいに行けるようになっていた。

ある日妹がそのドアにお尻をドンドンぶつけ始めた。
ニコニコしながら。
明美もニコニコしながら見ていた。
するとどうしたことか、そのドアが開いて妹は庭の敷石に後ろ向きに落ちてしまった。

ヒーちゃん大丈夫?。
慌てて抱き起こしたが妹は怪我なく、無事だった。
ほっとしたのも束の間、明美は物凄い剣幕で父に怒られた。
お姉ちゃんのクセに何で見てあげられなかったのかと。
おまけに何かあるごとに怒られるのは明美だった。

母は母で、ヒーちゃんがまともだたらきっと美人で、頭が良かったよと言うのである。
母の気持ちは分からないではない、
“不憫な子ほど可愛い”
何度となく母の口から漏れた言葉である。
そう思う事で母なりに自分を納得させていたのだろう。

子供だった明美にはひがみしかなかった。
妹ばかり可愛がってと。

妹と二人っきりの時に、意地悪してお気に入りのくしを取り上げたり、ド突いたりした。
その度に妹は顔をしかめた。

普通なら口喧嘩か、取っ組み合いの喧嘩になるのであろうが、決してそのような事にはならない。
折角の二人姉妹なのに。
でも明美は姉として妹の面倒は見ている。
御飯を食べさせたり、おんぶしたり、お風呂にも入れたり、おしめも換えた。


ひきつけを起こした時は手を押さえたり、身体を押さえたり、ベロを噛まないようにタオルを入れたり。
ひきつけを起こした時の妹は暫くは元気がなく、食欲もなく、じっとお布団に丸くなって可哀想だった。

毎日何を考え、何を楽しみに生きていたのだろうか。
残念ながらそれを知ることは出来なかった。

【つづく】 次回は父の自宅療養の様子です。

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