こばやし歯科医院 明美先生ブログ

小林明美が生まれ育った家庭のこと、その家庭を守り苦労した母の生き様を”我家の軌跡(奇跡)として随筆中。

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母は箱入り娘【4】

田舎では、おやつにお菓子が食べられるのは我が家だけで、友達は皆、自家製で、栗を炒った物や、お味噌を作る為に煮た大豆を糸に通し干した物、さつま芋を蒸かして薄く切って干した物、干し柿、等々だった。それらを食べてみたくて袂にお菓子を忍ばせて交換して食べたものだ。(干し栗や、干し柿は大人になってからも好きで、佐渡から定期的に送って貰って楽しんでいた。)

柿が好きで、食べたくて同級生で仲良しだった幸江さんの家の畑にある柿の木に登って、まだ渋い柿を食べて便が出なくなり、授業中抜け出して母に負われて、一里もある校医のお宅まで浣腸しに何度通った事か。そんな事に懲りもせず、毎年秋になるとこの繰り返しだった。

お酒の好きな父は、毎晩のように晩酌をしていた。チビリチビリと舐めるように楽しんでおり、話し相手にさせられる母はいつも面倒くさそうな.相槌を打っていた。そのせいか父はよく人を連れて来ては上機嫌で、時には私をひざの上に乗せて、“和子ものんでみるか”と言う。いつも美味しそうに飲んでいるのを見て、飲んでみたいと好奇心のあった私が“うん”と言うと“よし”と私の口元に盃を持ってきていきなりグッと口の中へ入れられ、むせ返り、二度と飲むかと。それ以来、飲むかと言われても“うん ”とは言わなくなった。

父の計画が成功したのだと後で知った。

【つづく】次は 変な人達の登場です。

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